「麻衣(きみ)との時間~一期一会~」

voi.01

倉木麻衣ちゃんは今年12月にデビュー丸15周年を迎えようとしています。

年が変わって本格的な記念イヤーに突入した訳ですがささやかなお祝いの意味も込めてシリーズ記事を始める事にしました。
10周年時にブログでは特別な事が殆ど出来なかった悔恨もありますしかつて"麻衣ブロガー"の末席を汚した者としても力を入れて行きたいと思っています。(当時の状況等についても追々記述していく事になると思います)

記事としては不定期で記念日迄に周年に因んで15(月1~2)本を最低ノルマと考えています。
無論これまで通りライブイベントやブログ関連に情報等に関しては通常通りに書きこちらは全くの別枠となります。
内容的には「ファンの目から見た倉木麻衣の15年」を基本としつつ特に限定はせずに種々雑多な当ブログ(中の人?笑)らしいものをお送り出来ればと思います。
実はこうした長きに渡って予定している企画記事というのはレビューを除けば初めての試みとなります。

それでは12月迄

倉木麻衣15周年特別企画シリーズ
「麻衣(きみ)との時間~一期一会」~


をご愛顧戴けたらと思っています。

それでは第一回目の記事をどうぞ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「麻衣(きみ)との時間~一期一会」~


第01回 <出会いから現在>

何時からファンだったのかと問われると正直返答に窮するところもあるのですが一部では熱心なファンを「ヲタ」と称することもあるようですので「好き=ファン」とするなら「デビュー当時」がその答えということになります。
尤も以前からその通りに自称はしていたのですが公式にそういう事にさせておいて下さい。(笑)
何故そんな回りくどい話になるのかは読み進めて戴ければある程度のご理解を戴けるのではないかと思います。

1999年末彗星の如く表舞台に現れた少女は瞬く間に階段を駆け上り時代を席巻しR&B歌姫の代名詞の一人となっていたのでした。

当時は陰りが見えていたとは言えまだまだCDも売れていた時代で深夜を中心にCMも沢山流れていました。
歌姫の卵が世間の耳目を集め始めていたその時に突然の出会いがありました。
確か日本テレビだったと思いますが深夜突如流れたCMは聴き覚えのあるフレーズに殆ど真っ白な画面という衝撃的なものでした。
間違いなくインパクトは大きいものでしたが余りにもスタイリッシュ過ぎてアーティスト名を確認出来なかった程でした。
程なく彼女が「倉木麻衣」であると知る訳ですがその最初の印象はインパクトが強烈過ぎて記憶が改変され齟齬があるのではないかと自ら思っていたのですが後年(CMで使われた)PVを確認するとやっぱり白かったですね。(笑)

img_1140915_58757816_0

一瞬で心を奪われたデビュー曲「Love, Day After Tomorrow」です。
記憶の齟齬と言えばてっきりオリコン週間一位を獲得していたと思っていたのですが改めて調べてみると最高位は二位でした。
但しそれは現在一般的(というかほぼそれのみ)な初動でのものではなく約二ヶ月間程を掛けて記録したものですし当時としても異例のノンタイアップで最終的に140万枚の大ヒット作品となったのでした。
この辺りネットやタイアップが当たり前の現在とは違って珍しい事ではありました。


"らぶでい"は今でも彼女の楽曲の中でも一番好きな作品ですがそのメッセージの根底が今年の私のテーマにも合致しているようでそれもまた心強く嬉しいです。
1999年12月08日。
この歌と共に彼女が世に送り出された瞬間でした。

さてそこから順風満帆なファン活動が始まるのかと思いきやそうでもありませんでしたね。
"好き"になった事は疑いようがありませんでしたが当時の私はシングル曲を購入する習慣がすっかり廃れ(基本レンタル)ていてアルバムのみを購入という形で音楽と付き合っていました。
他に好きな歌手も既に何人か居ましたがそれが普通でした。
これは音楽を聴く環境(車の中が殆どで他はテレビかFMラジオ)が大きく作用していたのですが彼女もまた例外ではありませんでした。
今でこそファンクラブに入ってライブに行くと言った事が当たり前ですがそういった習慣もまた一時的に廃れていた時期ではありました。
個人的な諸般の事情も確かにありましたが何より音楽を聴けるだけで満足していたという事も大きかったのです。
ファンクラブに関しては発足を知って入会しようかと思った事もありましたがインターネット環境が必ず必要だと早とちりから二の足を踏んでしまい結果としてですが後々思い返すとこの時の勘違いは意外と大きなターニングポイントだったのかなと思う事もあります。
まぁそれを後悔しているという事ではなく例え回り道だったとしても辿り着いた先は結局同じでしたから笑い話のようなものです。

そんなこんなで当時から「倉木麻衣ファン」を公言はしていたのは確かでしたが実は初めてのCD購入というのはデビューから半年が経過して発売されたアルバム迄待つことになりました。

bafe1b30

delicious way 2000.06.28
売上400万枚超という20世紀最後の名盤と言っても過言ではない作品で当時は兎に角所謂ヘビロテ状態でした。
全体的なCD不況の現在とは単純に比較出来ないにせよ決して彼女が突出した存在ではなかった事(無論トップクラスでした)を考えますとその凄さの一端が僅かでも理解出来るのではないかと思います。
因みにこのアルバムのトリを飾っているのが彼女にとって初めての日本語タイトル曲である「君との時間」です。


こうしてどんどん彼女の魅力の虜となるのですが一定の距離を保っていたのも確かでした。
ただメジャーになった彼女の情報は意識していなくて市井の一般人迄届いていまして「帰国子女」の情報が誤っていた事(訂正コメントが出た筈)も知っていましたし断片的に(公式的)情報はある程度把握していましたね。
たまたま聴いていたラジオから立命館大学への推薦合格が流れた事があった(丁度シドニーオリンピック開催の頃だったように記憶しています)のですがこの事で(レーベルもそうでしたし)彼女が関西(若しくは西日本)出身と誤認していた時期もありました。
これは記憶が曖昧で定かではないのですがそれ以前に千葉出身と聞いていた覚えもあるのですが何とも言えず信じ込んでいましたし後に立命館宇治高校出身と知って余計拍車を掛けていたということもありました。
楽曲に関してはリリースがあればその前後でテレビなりラジオなりで知る事が出来ますがそれ以外については一般的な情報としてはその程度の認識でした。
先ず歌手は楽曲ありきと言った部分では今も昔も変わりませんしこの頃はライトファン(リスナー)と言い換えてもいいのかも知れません。

デビュー当時からの彼女との距離感はそういった雰囲気だったのですが面白い事にこれまで約五年周期でその関係性に変化が訪れていました。
初期から約五年半(~2005年・・・長っ笑)が黎明というか潜伏期間(笑)で次の約五年半(~2011)が爆発的な成長期でそこから現在迄が成熟期といったところでしょうか。
「熱し難く醒め難い」というのが私の特性だったりしますので自ら納得なのですが大雑把に区分けした期間の中でも大小のいくつかの波がありましたしタイミングや巡り合わせの妙というのも確かにありました。

<出会いから現在> その一 黎明期(潜伏期)

(つづく)

→ そのニ



(文中で誤りや補足等がありましたらお手数お掛け致しますがご指摘を戴ければ幸いです)

今木 洛

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


だいぶ長くなってしまいましたがまだ一年程度のお話です。
一記事にざっと纏めたかったのですが流石に無理でした。(笑)
全くのフリーハンドで書いていますのでご容赦下さい。
出来るだけ簡潔に進めたいと思いますが取り敢えず今回は此処迄にして次回に続きます。



L(^^).O(^^).V(^^).E(^^)
うんたん♪てへぺろ(・ω<)

KAkashi

RdXUAgFDEku1sEr1382517846_1382517858




コメント・トラックバックは承認制となっています。(要TB言及リンク)
[申し訳ありませんが状況に依っては承認まで少々お時間を戴く場合があります。]